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いつか、わたしの忘れ形見となる、大切なもの。【my lovely simple life in London vol.7】

【my lovely simple life in London vol.7】イギリスは、正直であること、素直であること、身の丈である事を許してくれる懐の深さがあると思う。

 

最近、残念なことに母を亡くした。

 

 

アメリカに何十年も暮らし最後の地をアリゾナの雄大な景色の中に決めた母の形見分けを妹と弟と笑い泣きをしながらすませて、ふと、私の形見って何かしらと思ってしまった。

 

 

まずは、イームズのロッキングチェアーだ。

 

話は以前ビンテージ家具のアップサイクリングを得意とする、イギリスのお店ファイヤーフライハウスとコラボをしていた時にさかのぼる。その時どうしてもデザイン料のきまらないファブリックがあり、「デザイン料の代わりに、イームズのロッキングチェアーが欲しい」ととんでもないことを言った私。

 

担当者のラッセルが、では少し時間をくれと言い、1960年代のレモン色のシェルチェアーに、色が飴色になるようにとウッド部分の色もじっくりと選んで組み立ててくれたものだ。ファイヤーフライハウスは、ミッドセンチュリーの家具を得意としていて、入荷先も販売先にもこだわる人たちだから、きちんと選んでくれたんだなという事がよくわかる組み合わせだった。

 

それが届いた日は、その椅子の上で随分長い時間ニコニコと揺られて家族にあきれた顔をされた覚えがある。

 

それを磨きながら、「これ、私が死んだらあんたにあげるからね。ママちゃんが、これに坐ってゆらゆらしてたの思い出してね」と娘にいったら、映画「サイコ」のようでそれは怖いと言われた。

 

 

二つ目はルイヴィトンのホールドオールだ。これは、私がまだとても若く無謀だったころ、20歳のプレゼントにと、父が買ってくれたものだ。それ以来ずっとお気に入りで、私と一緒に何度も海を渡ってきた。

 

ところが、そうこうしているうちにジッパーがこわれてしまい閉まらなくなってしまった。途方に暮れた私は、そのままバッグをしまい込み、数年がすぎてしまった。

 

ベッドルームの模様替えということで、久しぶりにそのバッグを引きずり出し、思い切って私はロンドンのボンドストリートにあるルイヴィトンに連絡をした。「父が数十年前に買ってくれて、私の生活の大切な一部だったのにジッパーがこわれて、あきらめて使わずに何年もたちましたが、直してもらえませんか」とのメールに、「持ってきてください」との返事。

 

ボンドストリートのキラキラしたお店に恥ずかしい思いをしながら古ぼけたバッグを持っていった。「パリに送ってみます」と受け取ってくださり、数週間後、「なおりましたよ、とりにきてください」と連絡をもらった。古い革にステッチを入れるのはとてもリスキーだったけれど、職人さんがきちんとなおしてくれたらしい。

 

それだけでもうれしかったのに、数日後メールが届き、「アフタヌーンティーに招待したいので、お嬢様(!)と一緒にいかがですか」とのこと。もちろんドキドキしながら伺った。とても素敵な一室で、美味しいお茶とおかしをいただき、いろんな話をした。

 

 

 

お呼ばれしたアフターヌーンティーで、ルイ・ヴィトンの方はこう言った。『実は修理から引き取ったバッグには、“随分使い込まれたホールドオールが届き、これはお父様からのバースデープレゼントだった事、いろんなところへ持っていき、何度も一緒に海を渡っているという事、なおったらうれしいけれど、なおらなくっても大切な宝物だとおっしゃったお客様のために、なんとか、直してほしい”というメッセージがついていたんです。そのバッグが無事になおって、それをお嬢様が取りにきた時に『うちのママが喜ぶと思うから、今この場ですぐに電話をしてもいいか』と、とても喜んでくださったと、担当のものから聞いたので、どうしてもお会いしてお話を伺いたかったんですよ」と。

 

ちょっと恥ずかしいと同時に、これは、父が何十年も温めて私にくれたプレゼントなんだなと思った。

 

勿論、本当は当時人気のあった小さいサイズが欲しかったけれど、ストック切れで、ホールドオールしかなく、きっとまたお店に戻るのは面倒だった父が、「お前は身体が大きいからこれくらいの大きさの方がいいのではないか」といい、まだ若く傷つく心も多少はもっていた私が渋々それに従った事は内緒にしておいた。

 

 

「私達は自社の製品が時を経ていろんなストーリーがつき、受け継がれていくというのが一番うれしいのです、そのためのクオリティなのです。これを、いつかお母さん想いのお嬢さんが受け継ぐのですね」と、娘にも言ってくださった。

 

忘れられない出来事。それに、バッグへの愛着がよりいっそう深まったのは言うまでもない。

 

 

そして、3つめは、ボンドストリートのミキモトでかった小さな真珠のピアス。

 

 

これは、片方が6歳のお誕生日を待たずして心臓発作で死んでしまった犬のマーフィーの思い出、もう片方は、私が乗馬をはじめてすぐに乗り出して以来いろんなことを私に教えてくれた馬のマンフライデーの思い出(安楽死をさせてすぐだった)という思いを込めた、悲しい理由で買う事にした物だ。要するに「曰く付き」というやつである。

 

 

 

小さいものでいいからといって、勧められたサイズよりもワンサイズ小さいピアスを買って帰ったのだけれど、やっぱり家の鏡でみたら小さすぎた。翌日戻ってサイズを変えてもらった。やはりプロのいう事はきく物だなと反省をしたのを覚えている。

 

担当の男性は、偶然にもポロをされている方で、動物をなくす悲しみという物をよくわかっていた。「今は涙のような真珠だけれど、いつか優しい思い出の真珠となりますよ」と励ましてくださり、しばらく馬の話で盛り上がった。「自馬が欲しいときは、ポロ競技をリタイアした馬がおすすめですよ。いつでも連絡をください」とまで言われた。

 

 

3つとも、不思議なことにロンドンに関わりが強い。

 

 

正直を言うと、イームズのロッキングチェアーはとても欲しかった。なのでコラボで作ったデザインのファブリックが気に入ってもらえた時点で、思い切って「欲しい」と言って手に入れた。

ルイヴィトンのバッグにしても、古いものをぼろぼろになっても誇りを持って使うイギリス人に慣れているだろうから大丈夫かもと、思い切って「直してほしい」と言えたものだ。

ミキモトの真珠も、実直なイギリス人の対応に慣れているかもしれないから大丈夫だろうという考えに後押しされて「予算はこれだけで、真珠のピアスが欲しい。これは、亡くした犬と馬の思い出だから」とはっきりと言う事ができて手に入れる事ができたものだ。

 

イギリスは、正直であること、素直であること、身の丈である事を許してくれる懐の深さがあると思う。そしてそこには、長年培われてきた職人の技だけではなく、それを扱う人の、出来上がったものに対する愛情と誇りがあった。

 

多分娘にこの3つの物がわたるのにはもう少し時間がかかると思うけれど、こういう物がゆっくりとじっくりと一つずつ増えていったらいいなあと思う、そんな微妙なお年頃な私です。

 

 

 

 

yukari sweeney

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