神戸のカフェでおじさんがしてくれたこと【SHORT BREAD STORY vol.1】

お客さんとお店の人との間で交わされる会話、寄せあう心、言えなかった胸の内。そんなちょっとしたエピソードを、ショートストーリー仕立てでお届けする新連載。ホントかウソかさえも曖昧な、それさえもふわふわ楽しんで欲しくて。

そこはいわゆる神戸の山手と言われる街だけれど

誰もがイメージするようなセレブ感はそれほど(というかちっとも)なく、むしろ下町感むんむんのエリアに、朝食と焼き菓子が自慢の小さなカフェを開いた。オープンしてまだ2年足らずだけど、外観はほぼ前にあったお店のまんまで、昭和の喫茶店っぽさをほんのり残しているからか(アーチ型の窓が気に入っている)、ときどきおじさんがふらっと立ち寄ってくれる。

なかでも、たびたび立ち寄ってくれるおじさんがいた。いつも床屋で刈りたてのような髪型で、背はそこまで高くはないけれどスラッとしていて、だいたいグレーに少し茶色が混じったような色のスーツを着こなしていた。おそらく社章だろう、襟にはカタカナの「サ」をモチーフにした金色のバッチが、にぶく光っている。

おじさんは空いていれば、必ず一番奥の目立たない席に座った。

いつだったか「いつもその席ですね」と聞くと「はしっこのほうが落ち着くのと、ここで自分が目立っちゃいけないのは分かってるから」というような意味のことを言った。その時は「全然そんなことないですよ」と言ったが、なんか分かる気がするとも思い、そこからおじさんにさっぱりした好意を持った。

おじさんはいつも、コーヒーと焼き菓子を注文した。

必ず最初に「僕ねー、ホットとねー」と言う)種類はその時によって違っていた。カフェマロンのパウンドケーキだったり、ダークチェリーのタルトだったり、桜のスコーンだったり。おそらくだが、季節に合わせた味を楽しんでくれているようだった。

一度、閉店間際にお会計をした時。いつもより多く売れ残っていたガラスケースのスコーンをめざとく見つけたおじさんは「それ、うちの子に持っていくから包んで」と、9個全部買っていってくれた。そんなにお子さんがたくさんいるのだろうかと思わず心配になったが、お店的にはありがたかった。正直「今日、よくなかったなー」と、地味な凹みからの~売り上げどんでん返しは、想像以上の喜びだった。

それからおよそ一週間後のこと。

20代女子と思われる4人連れのお客さんが、遠慮がちに、そそと扉を開けて入ってきた。そしてお店をくるり見回しながら、小さな声で「かわいい」「おいしそう」と、口々に言いあっている。みんなどことなく雰囲気が似ていた。

いかにも初めてのお客さんだったので「どっかから聞いて来てくださったんですか」と、注文を取るときに声をかけた。彼女たちはしばらく「そっちが言いなよ」的な膝のこづきあいをしたあと、ひとりが意を決したように口を開いた。

「私たち同じ会社なんですけど、うちの主任に教えてもらったんです」
「こないだ、急にスコーンを部のみんなに配って」
「そう、それで『どこのやつですか?』と聞いても、なかなか教えてくれなくて」
「でも、食べたらすっごくおいしかったんで、もう一回しつこく聞いたら、やっと教えてくれて」
「で、今度の休みにみんなで行ってみようって盛り上がって」
「そしたら主任が来て『おい、お前ら行くなよ』って言うんですけど」
「そう言われると余計に行きたくなっちゃって」……

4人が順ぐりに話すのを聞きながら、おじさんの顔をホカホカと思い浮かべていた。そしておじさんが言っていた「うちの子」の意味がその時、ようやく判明したのだった。

 

TODAY’S SHOP
cafe licht 
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